デビュー曲「わたしの城下町」で第2回日本歌謡大賞の放送音楽新人賞に輝いた小柳。受賞の瞬間、涙する姿が初々しい。このとき19歳だった=1971年12月
半世紀にわたって芸能界の第一線を走り続ける小柳。歌手デビューは鮮烈だった。
1971年4月、作曲家、平尾昌晃さんのプロデュースで「わたしの城下町」を発売するや、いきなり160万枚の大ヒットを記録。同年のオリコン年間シングル1位に輝き、日本レコード大賞最優秀新人賞を獲得。NHK紅白歌合戦にも選ばれ、88年まで18年連続で出場した。
小柳は、幼少期から日本舞踊、クラシックバレエ、ジャズダンスなどを習い、70年に宝塚音楽学校を首席で卒業。宝塚歌劇団に入団するも2カ月で退団し、芸能界入り。NHK連続テレビ小説「虹」で女優デビュー後の歌手転身だった。
72年の「瀬戸の花嫁」も大ヒット。同年のオリコン年間シングル2位を記録し、日本歌謡大賞に輝く。美貌と抜群の歌唱力でトップアイドルに君臨し、天地真理(68)、南沙織(65)と三人娘と呼ばれた。
70年代後半からはアイドルを脱皮し、正統派歌手として「お久しぶりね」「いまさらジロー」などがヒット。TBS系「8時だョ!全員集合」では95回の最多ゲスト出演記録を持ち、3月に急逝したザ・ドリフターズの志村けんさんとの夫婦コントは話題になった。
女優としても、鮮烈ヌードを披露した83年の映画「白蛇抄」で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。94年の日本テレビ系「家なき子」で主人公をいじめる伯母、2018年のNHK大河「西郷どん」ではお由羅の方を演じ、ヒール役でも高い評価を得た。また、鍛え抜かれたプロポーションと卓越したダンスでエンターテインメントショーでも魅了した。
筋金入りのサッカーファンとしても知られる。年間2000試合観戦し、書き留めたノートは100冊以上。18年に著書「パスコースがない?じゃあ、つくればいい。ルミ子の勝手にサッカー学」を発売するなど、サッカー界からも一目置かれる存在だ。
※22日発売のサンケイスポーツ紙面では、他にも小柳ルミ子の蔵出しショットを複数枚にわたって紹介。ぜひ紙面や電子版でお楽しみください!