あべ静江、急逝の弘田三枝子さんは「巫女さんのような神聖な方でした」

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あべ静江、急逝の弘田三枝子さんは「巫女さんのような神聖な方でした」
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 アメリカンポップスの日本語カバーや「人形の家」などをヒットさせた歌手、弘田三枝子(本名・竹永三枝子)さんが21日午後10時31分、心不全のため死去したことが27日、分かった。73歳だった。 歌手、あべ静江(68)が28日、自身のブログを更新し「大好きな大先輩」という弘田さんを悼んだ。 あべは、「いつも気にかけて下さってお会いする度にミコさんの方から声をかけて下さって。。。ちょっと不思議で優しい方でした」と弘田さんとの思い出を振り返った。 あべは、YouTubeの日本歌手協会チャンネル、「コロナに負けるな! メッセージ付『日本歌手協会 リレー歌謡祭』」の第46弾に登場した弘田さんが「電話で『早く皆さんに会いたいです』とコメントを下さっています」と紹介。つづけて2020年は弘田さんのレコードデビュー60周年イヤーで「記念曲制作や記念コンサートを企画なさっていたと聞きました」とし、コロナ禍によってファンの前で歌う機会が失われたことに「悔しかったでしょうね。。。」と思いやった。 「ミコさんは巫女さんのような神聖な方でした。どうぞミコさん安らかに。。。ご冥福をお祈りします」と、まとめた。 所属事務所によると、弘田さんは今月20日、千葉県内の自宅で突然倒れ、遊びに訪れていた実姉が119番。同県内の病院に救急搬送され、翌21日夜に容体が急変し、姉に看取られ息を引き取った。一人娘(41)は看取ることができなかったという。

[紹介元] 「芸能社会」の最新ニュース – SANSPO.COM(サンスポ・コム) あべ静江、急逝の弘田三枝子さんは「巫女さんのような神聖な方でした」