【スターの蔵出しショット・あの日の君へ】アグネス・チャン、「ひなげしの花」で満開デビュー アイドルとして人間として大きく大きく咲きました

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【スターの蔵出しショット・あの日の君へ】アグネス・チャン、「ひなげしの花」で満開デビュー アイドルとして人間として大きく大きく咲きました
 サンケイスポーツが撮影してきたスターの蔵出しショットを紹介する「あの日の君へ」。今回は元祖香港の歌姫として17歳で来日し、愛くるしい笑顔で大人気となったアグネス・チャン(65)。「ひなげしの花」「草原の輝き」などをヒットさせたアイドルが、大学卒業後は子連れ出勤で一石を投じ、働く女性の最先端となった。芸能活動と並行してユニセフ(国連児童基金)の親善大使を務めるなど、現在も児童福祉活動に尽力している。
 香港のテレビ番組にゲスト出演した作曲家、平尾昌晃さんの目に留まり、1972年に「ひなげしの花」でデビューしたアグネス。ちょっと舌っ足らずな日本語で一生懸命に歌う澄んだ歌声とミニスカート、長い黒髪で若い男性の心をつかみ、一躍人気アイドルに躍り出た。
 当時の取材に「オナカガ、スイタ。初めて覚えた日本語がこれよ」と白い歯がキラリ。翌73年に「草原の輝き」、「小さな恋の物語」が連続ヒットし、初のオリコンチャート1位にも輝く。さらに日本レコード大賞新人賞を受賞し、NHK紅白歌合戦にも初出場した。

巨人のファン感謝デーに登場し、恥ずかしそうにプロ野球のスター選手だった長嶋茂雄氏と“恋人つなぎ”するアグネス=1974年11月

 プロ野球の大スター、長嶋茂雄選手(現巨人終身名誉監督、84)が引退した74年11月、巨人のファン感謝デーにゲスト出演。照れながら長嶋選手と手をつないだほほえましい貴重なショットを本紙はとらえていた。

初のワンマンショーの初日は3000人のファンが駆けつけた=1973年8月

 才色兼備としても知られ、同年に上智大国際学部に入学。76年には芸能活動を休止してカナダ・トロント大へ留学(編入学)し、社会児童心理学を専攻した。帰国後、芸能活動を再開させ、86年に元マネジャーと結婚。翌87年に生後まもない長男をテレビ局などへ連れて仕事をする姿が賛否両論を巻き起こし、“アグネス論争”と呼ばれた。

花をあしらったキュートな帽子姿で語りかけるように歌う姿はまさに天使=1974年8月

 長男を抱いて復帰会見した際には「私のような子持ちが安心して働けるよう、テレビ局にベビールームができるといいですね」と訴えた。男女雇用機会均等法と相まって働く女性の立場を世間に考えさせた功績は大きい。後日、「アグネスのおかげで産む勇気が出た」などの感謝の言葉が相次いだことを明かしている。

ギターの弾き語りでも魅了。何事にも一生懸命に挑む姿勢は今も変わらない=1974年8月

 89年には米スタンフォード大教育学部博士課程に留学し、米国で次男を出産。96年には香港で三男が誕生。98年には初代日本ユニセフ協会大使に就任した。3人の子を持つ母は、スーダンやフィリピン、ソマリアなどを視察し、紛争で犠牲を強いられる現地の子供たちの実情を訴えた。2016年にはユニセフの東アジア太平洋地域親善大使に任命され、世界をまたに活躍している。

故郷の香港から帰京し、羽田空港のタラップで手を振ると、一斉にカメラマンのシャッターが切られた=1974年3月

[紹介元] 「芸能社会」の最新ニュース – SANSPO.COM(サンスポ・コム) 【スターの蔵出しショット・あの日の君へ】アグネス・チャン、「ひなげしの花」で満開デビュー アイドルとして人間として大きく大きく咲きました