落語家、林家こん平(本名・笠井光男=かさい・みつお)さんが17日午後2時2分、東京都内の自宅で誤嚥性(ごえんせい)肺炎のため死去したことが21日、分かった。77歳だった。19日に家族葬を執り行い、この日発表された。中学卒業後、初代林家三平さん宅に押しかけて入門。日本テレビ系「笑点」に出演し、「1、2、3、チャラ~ン」のギャグで人気者に。晩年は国指定の難病、多発性硬化症や小脳梗塞など病魔と闘い続けたが、力尽きた。コロナ収束後にお別れの会を開く予定。
落語と卓球をこよなく愛し、人懐っこい笑顔で全国に笑いを届けたこん平さんが、人知れず天国へ旅立っていた。
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リハビリを続けていた東京・豊島区の自宅で誤嚥性肺炎を患い、17日午後、息を引き取った。同じ新潟県出身で近年交流があった落語家、瀧川鯉津(46)によると、最後に会った今年3月には介護認定が「要介護」から「要支援」になるまで元気になっていたといい、突然の訃報に驚いていた。葬儀・告別式は19日に近親者のみで執り行われ、落語家仲間には21日に訃報が伝えられた。
こん平さんは中学卒業後、芸で身をたてようと米一俵を担いで上京。ラジオで好きになった初代三平さんの東京・根岸にある自宅に押しかけて、入門を許された。
1962年に二つ目に昇進。66年から日本テレビ系「笑点」に出演し、大喜利のレギュラーに。「チャラ~ン、ふるさとの男ッ」と大声で自己紹介するなど、おもいっきりはしゃぐ明るいボケキャラに徹し、一躍人気者に。72年に東京・帝国ホテルで1200万円をかけて開いた真打ち昇進披露宴は、その豪華さが話題になった。
三平さんが他界した80年からは林家一門を引っ張り、仕事で呼ばれればどんな田舎にも出かける人情派で、なまりを直すため英会話スクールに通うほどの努力家。頻繁に海外旅行に出かけては日本の芸能を伝えるなど、はなし家きっての国際派としても知られた。
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