【ベテラン記者コラム(89)】勝新太郎さんはサービス精神旺盛な柔和なジェントルマンだった

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【ベテラン記者コラム(89)】勝新太郎さんはサービス精神旺盛な柔和なジェントルマンだった
勝新太郎さん【拡大】

 一時期、ほぼ毎日のように取材した。だが、面と向かって話しを聞いたのは一度だけ。そのときの印象が強烈だった。取材対象者をリスペクトしたり、感心したり、共感したりすることは多々ある。でも、無条件に、単純に「カッコいいなぁ」と思ったのは後にも先にも、あのときの勝新太郎さんだけだったと思う。
 1990年1月。勝さんはハワイのホノルル空港で下着の中に大麻とコカインを入れていたとして現行犯逮捕された。「気がついたら入っていた」「もうパンツはなかない」などの迷言も生まれた“パンツ麻薬事件”。翌年5月、羽田空港に帰国したときが最初の取材だった。

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 現場は騒然だった。もちろん話を聞けるはずもない。大勢のマスコミと警察。国内でも逮捕され、裁判で懲役2年6カ月、執行猶予4年の判決を受けた。帰国後は都内の事務所に日参。何度か妻で女優の中村玉緒さんの姿を見かけたが、勝さんがマスコミの前に出てくることはなかった。
 初めて話ができたのは、年が変わった92年のことだった。その年に発売された著書「俺・勝新太郎 劇薬の書」のサイン会。立川か八王子だったと思うが、駅近くの特設会場での取材だった。
 あれだけ大騒ぎしたマスコミも世間もすっかり“パンツ”のことは過去になっていた。会場は寂しいくらい閑散としていた記憶がある。サインを待つ列はすぐになくなった。手持ちぶさたの勝さんが怒り出すんじゃないかとヒヤヒヤしたが、拍子抜けするほど穏やか。無事にサイン会も終わり、これから取材という段になったとき、勝さんは「おい。行くぞ」と記者たちに声を掛け、「ここでいいか」と言って近くの喫茶店に入った。
 勝さんはカッコよかった。何がと問われたら、すべてと答えるしかない。破天荒、豪放磊落…。勝新太郎という俳優を例える形容詞はどれも正しいのだろう。でも、目の目にいる勝さんはサービス精神旺盛な柔和なジェントルマンだった。同じ空間にいたのは1時間足らず。でも、どんなにはちゃめちゃな人生を送っても、人に愛される理由は分かった気がした。
 勝さんは97年6月に咽頭がんのため65歳で亡くなった。96年にがんであることを公表した会見では「もうたばこはやめるよ」と言いながらたばこを片手に持っていた。そういえばあの日の喫茶店でもたばこを吸っていたが、その吸い方もカッコよかった。まるで映画のワンシーン。ハンフリー・ボガートと並んでタバコが似合う男だとも思う。(臼杵孝志)

[紹介元] 「芸能社会」の最新ニュース – SANSPO.COM(サンスポ・コム) 【ベテラン記者コラム(89)】勝新太郎さんはサービス精神旺盛な柔和なジェントルマンだった