【関西レジェンド伝】青芝フック(2)「舞台の下に行け、金払え、客より笑ってるやないか」

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【関西レジェンド伝】青芝フック(2)「舞台の下に行け、金払え、客より笑ってるやないか」
左から横山フック、ノック、パンチの漫画トリオ。「パンパカパーン!」で大人気だった【拡大】  梅田のOSミュージックホールなどで人気だった喜劇役者の立原博さんに弟子入りして3年。師匠が東京に移ることもあって、弟子をやめたんです。 その頃、漫才師、横山エンタツ先生の息子の花紀京がOSミュージックホールでデビューしまして、歳も近いし仲よくなった。酒を飲んでたら、「親父が庭で木を切ってたら、落っこちて腰を痛めた。支えがいるから、おまえ、付き人をしてくれないか」と頼まれました。 行くところもなかったし、横山エンタツといえば大物ですからね、「ええで」と返事しました。エンタツ先生の付き人になり、大人気だったコメディ「やりくりアパート」なんかにも通行人役などで出演させてもらいました。 1年たった頃、吉本興業の白木みのるさんが売れてきて、かばん持ちを探してた。僕は「弟子の鑑」と呼ばれてましたからね、「小島(本名)しかおらん」となって、エンタツ先生と話をして、「こいつがちゃんと修業できるんやったら、渡してやる」となりまして。吉本バラエティー(吉本新喜劇)に出すという条件でトレードされました。 白木さんの付き人は2年くらいやりました。新喜劇の舞台にも立ちましたが…僕、笑うねん。舞台でせりふを話すとき、客より先に笑ってしまう。それを吉本の社長に見られて、それまでせりふは70くらいあったのに、翌週から3つに減らされた。これみよがしに、やめろということですな。それなら、やめて働こうかと考えた。 【続きを読む】
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